2006年08月01日
_ [music] イタリア&フランス旅行記[1]:六本木男声合唱団、プッチーニ音楽祭出演(1)
まずはイタリアはマルペンサ空港に着いて、無事にスーツケースも出てきたが、実はここからが正念場だ。以前は確かリナーテ空港で、駅まで30分ぐらいと勝手に思いこんでいたのだが、タクシーでも4、50分程はかかるみたいだから。で、ミラノ中央駅の汽車に乗り遅れると、ラ・スペツィア到着が夜中の2時や3時になってしまい大変だから、急いでタクシーに乗る。やっぱし45分ぐらいかかって駅に到着。ミラノ中央駅はやはり治安に注意、何の為にそこにいるのか判らない奴が結構居る。急いで切符売り場を探し列に並ぶ、切符を買って急いで上の階の汽車に乗り込んだと思ったら、すぐ出発だった。ぎりぎりだった。
ここまでは良かったのだが、ジェノバでの乗り換えが大変だった。ただでさえ乗り換えの待ち合わせが1時間近くあるのに、この時間ジェノバ到着の汽車が軒並み延着、中には2時間近く遅れていてまだ着いていない特急もある。どーなってんの?。おまけに私が乗る予定の汽車と同じホームじゃないか、、。
どーしたら良いか解らずも一応時間が迫ったので、重いスーツケースを抱えてそのプラットホームに。暫くして汽車が来る。これどっち行きかなぁ、ええいままよ、降りた人に聞いたらナポリ方面への汽車らしい(私が乗り継ぐ汽車はナポリ行き)ので、まず乗り込む。でも間違ってると嫌なので、中の駅員さんに切符を見せて席を聞くと、ずっと後ろだという。途中でもう一度駅員さんに切符を見せて聞くと、次の車両だと言う。それでつぎの車両に入るところで3人目の駅員さんが居たので、やはり切符を見せて確認すると、「これは次の汽車だから、次の駅で降りて乗り直せ」と言う。どうやら遅れて来た汽車に乗ったらしい、3回も尋ねたのに、そんな事早く教えてよ!。
結局次の駅で降りて、待つ事かなり暫く、無事そのナポリ行きの汽車が来て乗車。真夜中のコンパートメント、この日は結構暑かったがエアコンも無いコンパートメントは少ししんどかった。ジェノバからラ・スペツィアまでの途中駅をメモしておいたのは本当に正解だった。おかげで何処で降りるべきか判ったのは有り難い。夜中だけど寝るわけにもゆかず緊張してラ・スペツィアまで。心配した駅前のタクシーもちゃんと居て、無事ホテルに辿り着いた。予定より1時間ほど遅れて2時は過ぎていた。でも汽車の時間遅延には本当に泣かされた。
2006年08月02日
_ [music] イタリア&フランス旅行記[2]:六本木男声合唱団、プッチーニ音楽祭出演(2)
今日はゲネプロの日。朝食を食べにゆくと、上月さんらが居るので話した。昼どっかに食べに行くというので、ご一緒させてもらう事にした。その後昼までは、教えてもらったスーパーへ買い物に行く。スーパーではスモモがあまりに美味しそうだったので、何個か籠に入れたのだが、レジでお兄ちゃんが困っている。どうやら量り売りなので、自分で重さを測ってそのレシートを貼っておかねばならないらしい。スクージと後に人に謝ると、何だか親切に「そんなんことないのよ」と言っているらしい。ここは特に観光地と言うわけでないらしいので、結構余所の人に親切みたいだ。イタリアの印象が変わる。
昼待ち合わせして昼食に町の方に行く、良さそうなリストランテが見つかり昼食。美味しい、特にドルチェは絶品である。さすがにイタリア。その後ホテルに帰り暫くして練習。最後の合唱の衣装が変わりそうだという事。バスに乗り込み練習、ゲネプロの為に、トッレ・デ・ラーゴ・プッチーニへ向かう。
初めて見た、プッチーニ音楽祭の野外コンサート会場は、なにぃこれー、って感じ。私は、勝手に半屋外の近代的なコンサートホールを想像していたのだが、完全野外の集会所みたいな所。椅子も野球などに使うのと同じ、一番近いのが遊園地で戦隊ショーをやっている所を、少し大きくした感じ。聞くところに依るとこの野外音楽祭はもう50年以上の歴史が有る由、そうなのか、、。でも隣にえらく綺麗な造形の木の枠組みの梁が作られている。来年からは、そちらが完成して新しいホールになるらしい。
舞台は全体的に後方が上がって斜めになっている。(だから客席からはとても見やすいと言える)おまけにフラットではなく波打っていて、ざらざらしている。あまり動きがないオペラだけれど、出ずっぱりの主役は、落っこちない様に結構気を遣うかも。出番は3つだけ、まず陰歌、それから敗者の行進でこれは舞台を歩くだけ、そして最後の合唱。オープンな野外ステージだけど意外と声が届く様で、陰歌も最後の合唱も、PAを使わず生声のみでゆくことに決定。まずはリハーサルが終わり、ゲネプロが始まるまでの間、休憩と夕食。
休息はホテルらしき所の前のオープンテラス。合唱は60人ほど居るので、結局行くとろ行くところで皆と一緒になる。その後夕食、渡邊さんと湖畔のレストランが良さそうなので見に行くが、オペラが無い日は8時かららしい。ちょっと前だけど、座っていると8時過ぎてからオーダーを取りに来た。綺麗な湖畔のテラスでの食事。料理も美味しいし、ワインも安いし、良いレストランだ。この後、ゲネプロだからって、あまり飲むつもりではなかったが結局結構飲んだ。そのうちに9時を過ぎて、暗くなりかけて、ゲネプロが始まった様で、歌が聞こえる。綺麗な景色共々、気分が良い。
その後、合唱団の出番を含めて、ゲネプロは無事終了。オペラが始まるのが9時をすこし回ってからだから(そうしないと暗くならない)、終わると12時をかなり回っている。バスにてホテルに帰ると1時半すぎとなる。
2006年08月03日
_ [music] イタリア&フランス旅行記[3]:六本木男声合唱団、プッチーニ音楽祭出演(3)
ずっと寝ていてホテルの朝食には出なかった。一人で昼食にどこかレストランに行くのも面倒なので、11時過ぎにスーパーで何か買おうかと出かけかけたら、東さんに会い、パンニーナでもどうですかそこの角の店でも大丈夫ですよ、と言われたので、言葉通りにそのバールに入りパンとコーヒーを飲む。その後例によって手近な観光地として、教会を拝観。
午後より練習。その後衣装チェックののち、バスにてトッレ・デ・ラーゴ・プッチーニへ。本日夜の天気予報は雨だそうで、バスの中でもしもの時の対処を聞く。開始前に土砂降りなら中止、開演後の降雨は30分をめどに中断、それ以上の場合は3幕だけピアノ伴奏で上演とのこと。完全に野外だし、少しでも雨が降っているとオケの弦楽器が駄目になるので、雨だとかなりつらい。着いてすぐ練習までまたお茶(というかビールかスプマンテ)。軽い発声練習と練習の後、本番まで食事と休憩。夕食は昨日のレストランにしようと渡邊さんと決める。丁度7時位で昨日聞いた8時までには時間がある。予約しようと渡邊さんがゆくと、オペラの日は7時からだそうで、すぐ夕食にする。その後六男のメンバーも集まってくる。この日も料理はなかなか良い。今日は本番だから控えておこうと思ったけど、ワインは結局三人で二本は開けてしまった。画像の説明
初めての本番、合唱なので何時も通り緊張はない。出番待ちの時間が長い、心配された天気だけど、2幕と3幕の間で、ほんの少しだけ雨がぱらついたが、大丈夫、無事最後の合唱を迎えた。最後に舞台に立ってお客の入りがやっと判った、半分ぐらいだろうか、でも正直良く入った方だ。最後の合唱も手はず通り終了。私も皆も上手く歌えたと思う。
終演後にパーティがあり申し込みもしておいた。場所は野外のテントの下。着席のはずだけど座るところに苦労する。結局立ったまま食べ物を取った方が正解だった気がする。混んでいて食べ物もあまり取れない。皆が苦労をしてワインと食べ物を取ってくるが、どちらも味は感心しない。無事成功裏に終わって、さすがに三枝先生は嬉しそうだった。
2006年08月04日
_ [wine] イタリア&フランス旅行記[4]:ブルゴーニュ訪問(1)
オペラが終わり、更にパーティが終わって、バスに乗り、ホテルに帰ったら既に3時半ぐらいだった。シャワーを浴びて色々と身の回りの片付けをしていたら、5時半ぐらいになってしまった。
予定としては7時くらいにタクシーを呼んで、ピサの空港に向かう筈だったが、ふと考えると、こんな朝早くから起きていて(と言うか、寝てないだけだけど)時間はたっぷり有るのだから、汽車で行けば良いじゃないか、と思いついてしまった。それでフロントに行き、ピサ行きの汽車を調べてもらったら7時前位に特急ESが有る由。まぁ早めに、と言う事で、6時半くらいにチェックアウトして駅に向かうと、何と朝一からESが40分の遅延、、信じられない。でも早く来たおかげで、その前の鈍行ピサ行きが有る。40分遅れならこちらが早く着くので、各駅鈍行に急いで乗り込む。イタリアは簡単にホームが変わったりするので、本当にピサ行きか途中で心配になり、モバイルインターネットで途中駅と時間を探しだし、間違いがない事を確認した。
ピサの駅から空港まで20分と言ったのは、ラ・スペツィアのホテルの兄ちゃんだが、実際には五分。とても近くて便利だ。荷物は減らしたので、シャルル・ドゴール空港までは全て機内持ち込み。私は外国の空港の荷物扱いをあまり信用していません。なにせ過去に三度、荷物が出てこなかった事が有りましたから。フランスはフランス語が使えて、少し楽だ。時間は有ったがそのままリヨン駅に、運が良ければ先のTGVに乗れるかな、と思ったが、確かに先の便の10分前に着いたのだけれど、例のごとく切符売り場に人が沢山並んでいるのを見て、諦めた。昼食を取ろうと、周りを歩いてみたがまともなところが無い、結局構内のカフェで変なサラダをとる。でもビールは美味しかった。
ボーヌ到着は夜、タクシーでボーヌのホテル・ルセップへ。由緒ある良いホテルだ。カウンターにかわいい日本人の女の子が居るのにはびっくりした。おかげでチェックインも、隣のレストランへの予約もとても楽。このホテル日本から取ると一泊3万円するそうだ、私は125ユーロ、でも朝食は別だけど。
しばらく街中を散策した後、そのホテルの隣のレストラン、ベルナール・モリヨンで食事。嫌いではないけど重い料理で少し残す。ワインは、白も赤もミシェル・グロ、白はオーコートドブルゴーニュ、赤はクロデレアの99。白も色が濃くて格の割にはすばらしいし、赤がまた凄く良い。例によって、食事が終わって部屋に帰ると、すぐバタンキュー、歯を磨く事も出来なかった。
2006年08月05日
_ [wine] イタリア&フランス旅行記[5]:ブルゴーニュ訪問(2)
2日目、ガイドの鈴木(ヒロシ)さんが9時に来る、結構若い。昼はオリビエ・ルフレーブのテイスティングランチにする。予約を入れてもらうが、まだ開いていないので、留守電にしたようだ。以前はオテル・デューも見てなかったので、まずボーヌを観光。その後、鈴木さんの車で、ボーヌからポマール方面へ畑を見ながら移動。鈴木氏は畑で働いて居たこともあったらしく、ブドウの木の事も、畑のことも凄く良く知っている。
有名なドメーヌの名前を聞きながら、昼前にオリヴィエ・ルフレーヴのカーヴに到着、カーブを見せてくれるらしいのだが誰もいない、鈴木さんが電話をしてしばらく待つと、同じ観光のアメリカ人らとオリヴィエさんが現れて、一緒にカーブの見学に入る。カーヴと言っても、瓶詰め機械、醸造タンクなども一緒にある大きな工場設備。それが全体に凄く寒く冷房が効いている、恐らく14、5度だろう、こちらは日本から真夏の格好のままだから寒い。オリヴィエさんは、当然素人相手だから一通りの事だが、醸造のことを熱弁する。その後近くのハウスの二階でテイスティングランチ、合計15種類のワインを飲み比べることが出来るが、飲むのはまぁ、そこそこにしておく。最近はオリヴィエのワインもおいしいと思っていた通り、中の上クラスのワインは、お手軽でとても良い。
昼食後、と言っても既に4時ぐらいだけど、それから最初にコンタクトを取った、ブルゴーニュ生活と言うサイトを運営する鈴木さんの勤めるワインショップに向かう。まぁ田舎のシャシャーニュ・モンラッシェ村にあるのだけど、常時試飲出来るワインは2、30種だっかか、それくらいあるという、試飲して買うスタイルのショップ。私はワインはもう買わないよって思ってボーヌに来たから、新しいワインには無反応。しかし古いワインリストには反応してしまった。結局59ばかり有るだけ6本、全部さらってしまった。発送は12月になってから。
その後ピュリニーからシャシャーニュのモンラッシェの付近の畑を見る。ルロアの畑の違いとか、鈴木さんから聞く。非常に興味深い。シュヴァリエの隣、カイユレの上方が櫛形になっているのが不思議だったが実際に行ってみると、とても良く解る。
ボーヌに帰って、もう1件ワイン屋さんに案内される。以前来た時、街中のワイン屋さんは全く魅力は感じなかったがここは良い。特に奥の方に入ると、何であるのかよく解らないようなワインがごろごろしている。59も幾つか有り出してくれる。ワインは買わないつもりでヨーロッパに出てきたが、また予定変更で、何本か確保してしまう。またここのワイン屋は先日ベルギーのセラーを丸ごと買ってきたばかりで、整理していない古いワインが沢山あると言う。鈴木さんが明日の8時までに、59のワインを中心に用意しろと交渉して、結局明日また来ることになる。
その後、夕食のレストランを紹介してもらう。カルノー広場のグルマンダンと言うレストランだ。コシュ・デュリが安いらしい。確か8時に予約してから、その時間に向かうと、大盛況。予約なしの客は皆断られていた。早速ワインリストを見ると、おお、コシュ・デュリが勢揃い、ムルソー・ペリエールがなんと200ユーロ以下だ、、、でも売り切れ、残っているのは、普通のムルソーと何とコルトン・シャルルマーニュが250ユーロ、げげ、高いけど凄く安い!、ちょっと傾いたけど、本日は昼から白ワインばかり、赤ワインが飲みたい所で、ユベール・リニエのクロ・ド・ラロッシュ2002を発見。若いけどこれも他では飲めないので、リニエにする。美味しいけど、やはりまだちょっと若くて、私は昨日のクロドレアが良かったかな。料理は最初の皿のリゾットが凄く美味しかった、肉も美味しかったし、本当に良いし、まぁそれにしてもワインが安いレストランだ。この日も、ホテルに帰ったらすぐ知らずに寝てしまっていた。
2006年08月06日
_ [wine] イタリア&フランス旅行記[6]:ブルゴーニュ訪問(3)
本日はシャブリに行く予定。途中のソーリューでコート・ドールで昼食の予定。その為に、出が10時45分ぐらいとする。鈴木さんの車でソーリューへ、途中でシャトードシャイイの前を通る。堂々たる3つ星、コート・ドールでは、鈴木さんが色々言ってくれて、3人で前菜を2皿、メインを2皿取る。まぁこのくらいで丁度よい。アペリティフのシャンパンの付け合わせから、付け出し等々、非常に洗練されていてすばらしい。デセールは見栄えは良いが、意外に普通。イタリアで食ったドルチェの方がずっと上。ワインは何とアンリ・ジャイエを発見。1995で何種かあるが、安めのヴォーヌ・ロマネにする。それでも250ユーロだったけれど、これも高いけど安いワイン。もうジャイエを飲む機会はないだろうな。でも、とても美味しかった。
シャブリではメリーの前で、友人の元彼氏のジャンと待ち合わせの予定。彼の家はシャブリとは言え、少し離れている様。とても気さくな人だ。今日は日曜日になるので、ドメーヌは休みだが、観光客相手の試飲販売カーヴにまず一緒に行く。こういうところは、街中に幾つか有るみたいだ。その後車で近くの醸造所に行く、ここでも日曜日は試飲販売をやっている。結構観光客も来ている。その後、隣のシャブリジェンヌに行く。ここでも中の見学は出来なかったが、試飲等は出来る。日本語のパンフレットもちゃんと揃っている。試飲はそこそこに済ませて、特級の畑を見に行く。本当に町のすぐそばだ。シャブリジェンヌで聞いた道を上り、山の上からシャブリ特級畑をしばらく見る。ここは鈴木さんもよく知らないので、区分けが少々判りづらい。暫く畑を見た後、ジャンと別れてボーヌに戻る。
8時少し前に昨日のワイン屋マグナムに行くと、2Fにワインをきちんと揃えてあった。フランス人にしてはきちんとした仕事。結局昨日確保分と併せて、ついつい3ケース分も買ってしまう、どうしよう、、。
少々胃が疲れ気味だったので、夕食抜きで、鈴木さんから教えてもらった教会でのコンサートに行く。コンサートは室内弦楽アンサンブルで、演目はアイネ・クライネ・ナハト・ムジークやヴィヴァルディの四季から夏と冬など。教会でのコンサートなので残響が長く、最初は音の分離が悪い気がしたが、それはすぐに慣れてしまった。またチェロの低音が時折共振していたが、これは仕方がない。演奏は現代的なとてもスタイリッシュな演奏、モーツアルトもヴィヴァルディもとても早めの演奏。指揮ソリスト役のヴァイオリンはいい音だった。でも時折ピッチが下がってる気がするのは気のせいか。最初席を決めてくれていた小さな女の子が、演奏後そのソリスト氏とその奥さんらしき人との間にいたので吃驚した。多分このソリスト氏の娘だろう。珍しいなぁ。
コンサート後、ガイドの鈴木氏とコンサートのチケットを買ってくれた女の人と、お茶にカフェに入る。色々話していたら、ディスコに行ってみたいな、では一緒に行ってみよう、ということになって、鈴木氏の車でボーヌ郊外のディスコに行く。ボーヌでは何軒か有るそうである。最初は人が少なくて誰も踊っていなかったけど、12時過ぎてからそのうち人が増え始め、少し踊って1時ぐらいにホテルに帰る。
2006年08月07日
_ [wine] イタリア&フランス旅行記[7]:ブルゴーニュ訪問(4)
今日月曜日はヴォギュエにアポイントを取ってある日だ。何のかんの言っても、実際にはこの為にボーヌに来たわけである。だが朝になってペパン氏とのやりとりを良く読み返してみた。良く読み返すと、最初に許可受けたときは、ペパン氏は居ないがミエ氏が相手をすると書いてある、あれ?、ミエさんも居ないと後のmailで書いた有った、、これはもしかしたら、、誰もいないから駄目という事の遠回しな表現ではないか、、うーん。考えれば考えるほどそう言う結末が自然になって来た。。朝、本日のガイドの鈴木(将裕)さんが来たので、読んでもらったが、やはり怪しいとの事。まぁとりあえず時間に行ってみて、誰か居ればお土産だけでも渡して帰る事にした。
まずは念願のコルトンの丘を見に行く、地図に有るとおり、と言うか実際に行ってみるともっと確かに思う、見事な丘だ。丘の上部に上って畑をゆっくり見渡すと、とても見晴らしがよい。赤のコルトンの畑より、白のコルトン・シャルルマーニュの畑がより印象的。実際の評価も、赤のコルトンより、白が美味しいですね。それでもって、10時半なのでシュンポール・ミュジニー村に行き、ドメーヌ・ヴォギュエに向かう。幸い入り口は開いていたが、事務所は閉まっている。で、丁度畑に出かけようとしている、ブルゴーニュ氏(ヴォギュエは、販売広報がペパン氏、醸造責任がミエ氏、で畑の栽培責任者がブルゴーニュ氏)に遭遇。少し話を聞いたが、やはり今日は誰もいないので駄目との事。それで手みやげをブルゴーニュ氏とペパン氏用に渡してヴォギュエを後にした。でもブルゴーニュさんと少しでも話せたのは、ラッキーだった。
その後ジュブレイ・シャンベルタン村まで行き、シャンベルタンから順に、特級畑をつぶさに見て回った。何度も車を降り、畑とロケーションを見て回った。ガイドの鈴木さんはやはりワインのプロ。畑の詳細まで全て知っているので有り難い。やはり地図だけでは何も分からない、で、実際にその地に立って見て何が解った、と言う訳ではないのだけど、本当に印象的!。途中、ボンヌマールの畑を見ていたら、先ほど会ったブルゴーニュさんがトラクターに乗って仕事をしていた。その後、ミュジニーからグランエシェゾーと、ゆっくり見て行き、またロマネコンティの畑に着いた。ここだけは前回来たときも、ゆっくり見た所。後でやはりラ・ターシェの畑の上からの見晴らしを暫し楽しんだ後、ボーヌに帰る。
今日は、遠くグルノーブルからヴァレリーが来てくれる事になっている。昼過ぎにホテルでの待ち合わせだ。丁度ホテルに着いた時に、ヴァレリーも来たらしく、グットタイミングだった。一緒に昼食に出る事にする。鈴木さんにお任せだけど、バカンス中で何軒か閉まっていたが、最近星を取ったというレストランに行く。ここで皆とゆっくり昼食。大体午後1時に我々が入ったとき誰もいなかったので、暇なのかなと思っていたら、それからあれよあれよと人が入ってきて、テラスのテーブルは一杯になった。さすがにとても美味しい。
午後は、シャトー・ド・ポマール訪問。ここは観光客相手に施設やカーヴのツアー、その後ワインの試飲などをやっている。立派な綺麗なところで、我々のような観光客も沢山。ツアーのガイド役に付いてくれたのが、なんとこの間まで日本に行っていたという若いフランス人。本来はパリに住んでいるらしいのだが、何か出向みたいなので、今はここに居るらしい。たどたどしいけど、なかなか品の良い日本語で、ちゃんと勉強したんだろうな、と思った。ここは庭も綺麗で大変立派な施設なのだけど、カーヴなんかも結局は何処も似たり寄ったりだし、試飲も昼に飲んでいるのでもうそれほど飲む気も起きなかった。(でも結構美味しかった)件の日本語の出来るフランス人は、実は奥さんが日本人で、ゆくゆくは日本で住みたいらしい(何で?、と思うけど)。日本でワイン関係の仕事でやっていけないかと、ガイドの鈴木さんに聞いていた。ヴァレリーはここで97のワインをお父さんの誕生日プレゼントに買っていた。
シャトー・ド・ポマールを後にすると、既に5時。ヴァレリーの車のところまで行き、お別れ。彼女はここから車で4時間かけて帰る。今年暮れの展示会、成功すると良いね。私は、まだ一つ心残りがある。例のグルマンダンに行って、コシュ・デュリのコルトン・シャルルマーニュの飲まない事には帰れない。鈴木さんと店に行き、一名で予約を取ってホテルに帰る。鈴木さんが買い物の案内もすると言ってくれたが、とりあえず英次郎の服だけ買ってホテルに帰る。明日ボーヌの駅までは鈴木さんが車で送ってくれるそうだ。美紀ちゃんの為のお土産の店を、夕食の予約時間の8時まで見て回る。
8時丁度にグルマンダンに入る。相変わらす忙しそうだ、結局マダムが一番仕事をしている。今日は一人なので最初はガス入りのミネラルウォーター、前菜は前回食べて素晴らしかったリゾット、ワインが白なので、魚はアンコウのソテーにした。ワインは、当然コシュ・デュリのコルトン・シャルルマーニュ2001年だ。うーん、さすがに素晴らしい。マダムかサービスの兄ちゃんに飲ませてあげようとも思ったが、忙しそうでそんな間はない。予約なしの客はどんどん断られている。結局一人で1本飲んでしまってホテルに帰る。
2006年08月08日
_ [wine] イタリア&フランス旅行記[8]:ブルゴーニュ訪問(5)
イタリアに帰る日。10時過ぎにチャックアウト、ホテルに荷物を置いてもらって、いざ買い物に。美紀ちゃん(注:うちの奥さんです)のサイズが判らないので、ホテルのカウンターの例の日本人の女の子に聞いてみた。ちなみにこの子の名前も鈴木さん、ボーヌで出会う日本人は鈴木さんばかりだ。数件めぼしい店を見つけてあるが、さてどれにしたものか、2回通りウインドウから見直してみる。途中の店で綺麗なシャツが半額近くになっているのを発見、自分の物は買う予定は無かったが、つい買ってしまう。自分の物は即断できるが、他人の土産は難しい。結局、一番高めのを買ってしまった。本当は25万ぐらいの、無茶苦茶凝ってる格好良いコートを見つけたのだけど、美紀ちゃんはコートはあまり着ないし、これは何しろ持って帰るのが大変そうなので止めにした。
帰りボーヌの駅で、最初の2日間ガイドをしてくれた鈴木さんに会う。友達の若い料理人が一時日本に帰るので、送ってきたらしい。25歳ぐらい、暫くこちらのレストランで働いていたらしい。何で帰るのかよく聞かなかったが、半年後に次に働くレストランも既に決まっていると言う(モンラッシェだそうだ)。
彼とシャルル・ドゴール空港で別れ、私はピサの空港へ。空港から出た時間が、予想よりとても早かったので、勧められていたタクシーでの移動を止めて、汽車で帰る事にする。ブルゴーニュで散財しているので、致し方ない。ピサの駅までも、非常にスムーズに行けて、予定時間よ早く着いたので、更に安く帰る為に鈍行でラ・スペツィアに向かう。鈍行は時間通りで、無事ラ・スペツィアに到着。午後10時は過ぎていたので、外には出ず、ホテル内のテラスのレストランでパスタを食べる。
2006年08月09日
_ [music] イタリア&フランス旅行記[9]:六本木男声合唱団、プッチーニ音楽祭出演(4)
オペラ2回目の本番である。10時過ぎに遅い朝食に行く、でも皆さんも丁度朝食時の様。遅い朝食を食べ、昼食抜きで、午後の練習に入る。バリトンは依然絶好調である。練習後暫くして、衣装チェックの後バスにてトッレ・デ・ラーゴへ。この日も天気予報に依ると、夜は雨の確率が高いらしい。実際バスに乗り込んだらすぐ雨が降ってきた。でもすぐ止むのがここらの天気向きみたいだ。着いて練習まで、例によって渡邊さんとすぐお茶、と言うよりスプマンテ、そして夕食のレストランの予約。短い練習後の場当たりでは三枝先生より「少々問題あり」との意見。どうも合唱としてのまとまりが無い様だ。何度かやり直すが、時間もなくそのまま終了。
夕食はいつもの湖畔のレストラン、いつもながらなかなか宜しい。今日はオペラナイトなので特別メニュー、私はペンネを頼んだ。ワインはリボッラ・ジャッラ、確か55ユーロでこのレストランとしては結構なお値段。出てきたワインのラベルを何度か見て、暫し考慮。確かさ々木で誰かが持ってきたワインだ。確か能書きがえらく特別なワインだったけど、日本で飲んだのは結構「ちょっといった」ワインだったけど、こちらはまぁまとも。でもちょっと変わっていることは間違いないけど、素直に美味しいかって言うと、私にはやはり疑問。ちなみにこのワイン、名前はグラブナー、インターネットで調べたら詳細は判ります。
天候は良好雨の気配もない。本番はバリトンとしてはまぁまぁ歌えたと思います。でも最後の合唱を歌っている時、テノール1と2が途中から突出して何か早い気がしましたが、、。それでも演奏会は大成功だったと思います。今回も演奏後の打ち上げパーティがあって、今回はお疲れ様パーティで無料。立席だけどやはり食べ物は取れる雰囲気ではない。予定より早めに切り上げて、先発のバスでホテルに帰還。それでも午前3時前だったですか、、
2006年08月10日
_ [music] イタリア&フランス旅行記[10]:六本木男声合唱団、プッチーニ音楽祭出演(5)
例によって、演奏会が終わってホテルに帰ってから、そのままシャワーを浴びて荷造りを終わると、既に4時。チェックアウト後、4時半に頼んであったタクシーでラ・スペッツイアの駅へ、殆ど5時発のIC+に乗る。出発後ここでも本当にミラノ行きか心配になって、再びモバイルインターネットで途中駅と発着時間の確認。結局殆ど時間通りミラノに到着。
時間に余裕があるし、やはりブルゴーニュで散財しているので、勧められていたタクシーではなく(70ユーロは高いぞ)バスを探して乗る。こちらは5.5ユーロ、安い。まぁ危うく最初の停留所の第二ターミナルで降りかけたが、大半が降りないので降りなくて正解だった。何人か降りた人は、急いでまた乗り直していた。マルペンサ第一ターミナルは全然違う場所、これは酷い。かなり早めのスケジュールだった筈だが、チェックインカウンターが混んでいて結局あまり余裕無しでターミナルへ、こちらでは少し時間が有ったので朝御飯のパンニーナとエスプレッソ。その後アムステルダムへ、元々アムステルダムでの余裕はあまり無かったので、免税店に寄る余裕もなくターミナルへ、暫くしてボーティング。
後で知った話、イギリスでは飛行機爆破テロが発覚して大変だったらしい。我々はそんな事には関係なく(若干出発時間が遅れたが)、関空に向けて出発し、ほぼ定時到着。11日間にわたる、演奏会とブルゴーニュ訪問の旅行が終わった。
2006年08月31日
_ [wine] 1550円のグランヴァン
昨日の夜は友人と、新しく徳島に出来たレストランにゆきました。シェフはこの間まで平成調理師学校でフレンチの先生をやっていた方。以前、その調理師学校の一室で1日一組だけのフレンチレストランをやっていて、何度か彼の料理を食べた事があるけれど、何時もとても素晴らしかった。この度そこの先生を辞めて、実家の中華料理屋さんを改装し、新たにレストランをオープンした由。とてもカジュアルなレストランで、何々料理って銘打っていないけれど、イタリアからピザの釜とか輸入して焼いていたりとか、何だかイタリアンっぽい情報だったので、持って行く赤ワインはイタリアワインにした。
白はイタリアの白はあまり良いのを持っていないので、とりあえずそろそろ飲み頃になったであろう、95のバタール・モンラッシェ、ブラン・ガニャールの物。95の白は結構買ったけど、まだ1本も飲んでいない。さすがに飲み頃だろうから今日は様子見。赤はグリフィ95、ティニャレロ97とトレンティーノ・カベルネ89を持って行った。
先の2つは説明無くても大丈夫だろうけど、最後のトレンティーノはとても記憶に深いワイン。この所1本ずつ残して居るボジョレー・ヌーボーを別にすれば、恐らくうちのセラーで一番安いワイン。2千円くらいかな、と思っていたのだけど、良くカードを見ると1550円だった。このワイン、市内のワインを沢山置いてあるディスカウントの酒屋で買った物。昔は私も安くて美味しいワインを標榜していたわけで、何を思ったか(多分カベルネのワインだったからだろうけど)試しに買ってみてすぐ飲んで、非常に渋くて(すっごくタニックだった)飲みづらく、たしか1本開けられずに大部分捨てた様に記憶している。若いカベルネのワインはタニックなものだけど、若いので果実味も有るので飲めないって程の事は普通無い。ちなみに私は今に至るまでこの様なワインを飲んだ事は無い。そこであまりにタニックだったので、こんなワインをづーっと置いておいて熟成したらどうなるだろうと、と考え、まぁお財布に殆ど負担の無い価格ということもありもう1本買って置いたわけである。購入は92年、当時まだセラーは無くて蔵にワインを保管していたので、セラーが95年に出来るまで、そこで夏を2度を過ごしている訳である。
でもまぁ最初開けてみて飲めなかったぐらいのワインを、何でもう一度買ってみたかは、本当のところ自分でも良く解らない。購入後15年経っても、まず開けても美味しいわけ無いと思っていたので(なにせ元が1500円なので、、最近はこのくらいでも美味しいワインは結構あるけど、昔は安いのはそれなりにまずかった)、一人で開けるわけにゆかず、かといって捨てるわけにもゆかず、ずっとセラーの邪魔者として存在したのである。
今回は、有名スーパータスカン(既に死語か)2本に紛れて、こそっと持って行ったわけである。元々きょうの会は3人、これにシャンパンも加わるから、合計5本、、全部飲めるわけは無く、はなから残すつもりだったのだ。
バタールモンラッシェは、全く問題なくて美味しい、少し悪口を言えば平均的か。特にインパクトが強いと言う物ではないが、95として上手くできているし、良い熟成の途中とも言える。当然もう飲んで良いのだけど、もっと置いてあったらそれなりに色々なテイストが強くなりそう。
グリフィとティニャレロはやはり97と言うヴィンテージかティニャレロが良い。総じてトスカナの97は(ヴィンテージ評価通り)とても美味しい。95のグリフィは良くできていて、食事と共にのワインとして何の不満も無いけれど、ワインだけとしてはカリスマ性に欠ける。
そして、何の期待もなく開けたこのトレンティーノ・カベルネ89。色は薄くなって居るかも知れないけど結構健全。テイストは昔の思い出のタニックな所はまるでなく、柔らかくふわーとアフターテイストが立ち上がる!。特に傷んだ所は感じられず、最初の印象は上手く熟成したサンテミリオンの様。とても良い!、こんな風に化けるとはとても信じられない。良く観ると、テイスト、アフター共に少し南国風、ストラクチャーには確かに乏しいが、「ふつー」にはとても素晴らしい。
高い、評判の良い、有名なワインが美味しいのは当たり前、時折こんな信じられないワインが有ったりするから、本当に不思議。ましてこのワインは思い出があり、なおかつ手元で長期間おいてあった物(世の中広しと言えども、無名で廉価なこのワインをここまで丁寧に保存した人は何人いるか?)。だからよけい嬉しいし、私のとってみれば完全にグラン・ヴァンだ、こういう事があるからワインは止められない。
(でもね、私は嬉しくってすごく騒いでいたけど、同席の方は確か他のスーパータスカンを飲んでいた。もしかしたら、美味しいと嬉しがっていたのは私だけかも?!)